『世話をする』と『やさしさ』の違い

放課後ディサービスでの出来事。

私が勤めていた放課後ディサービスについて、放課後の時間を過ごしていた時のことをブログで紹介していきたいと思います。

ある日のおやつの時間

『Uちゃんのお茶がなくなったよ!先生入れてあげて!』と高校生のSちゃんが言いました。

私は、『自分で言えるから大丈夫だよ』と声をかけました。

すると間髪いれずに、Uちゃんが、Sちゃんの頭をどついてしまい、空の水筒を振り上げた瞬間、彼女の手をつかむことが出来ました。

怒りの衝動的な行動を、抑えることがまだまだ、難しい。

あたりは騒然とした雰囲気の中でSちゃんの鳴き声だけが、響いていました。

Uちゃんの興奮が収まるのを待ち、話ができるようになっても、こころのモヤモヤを言葉にすることが出来ません。

私 『お茶がなくなった事を、自分で先生に言えるのに、Sちゃんが先生に先に言ったから、腹がたったんやね?』

と聞くと、頷いていました。

私 『自分でできるのに、馬鹿にされたように感じたよね』という言葉に、納得したようでした。

相手にしてみれば、やさしさのつもりでも、出来ることを奪ってしまうことは、おせっかいです。

もちろん、相手を暴力で、傷つけてしまう行動は、許されるものではありません。

私 『許せるようになるまで、許さなくていいんだよ。でもなんで叩かれないといけなかったんだろう?Uちゃんは、なんで怒ったんだろうね?』と本当のやさしさについて、話し合いながら、気持ちを代弁し、相手の心に寄り添います。

帰り時間、『裁判』が始まりました。1人ずつ、Uちゃんに対して思っているコトを、発表していきます。

そんな事件があった日は、まあ事件がない日なんてないんですが。そこにいる他の子どもたちの気持ちもまた落ち着かず、

イライラしたり、許せない気持ちがあふれ出ます。裁判官は、一番正義感が強く、暴力を許せない気持ちでいっぱいの女の子です。

『氷づけの死刑に処す!!』なんて言葉が飛び出します。

すかさず、その場にいたスタッフは、『死刑なんて、そんな風に、言ってはいけません!』と言いました。

言葉事態は、聞き捨てならないかもしれませんが、『言葉』に囚われては、その子の心の奥の怒りの気持ちはくみ取れません。

私は、『氷づけにしたいくらい、腹がたっているんやね』と付け加えました。

ある女の子が、『私は怖くて逃げちゃった!』と話してくれました。

『逃げてもいいんだよ。ちっとも悪い事じゃない』

裁判とは、聞こえは悪いが、ポロっと言ったその言葉は、罪悪感でいっぱいでした。

そんな気持ちを、ポロっとこぼしたり、死刑だ!と怒りをあらわにしたり。そんな時間が、周りの子どもたちには必要なんだと改めて感じます。

その場にいる子どもたちが、この子は、どうゆうときに、不愉快だと感じるんだと相手を知る。

そして自分のことも知ってもらうような関わり。その場にいる子どもたちが、自分たちで居場所を作るということに繋がるんだと感じています。

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